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3.11から5年 ~私たちの思い(星野 諭編)~

こんにちは。コドモ・ワカモノまちing 代表の星野 諭です。

震災後6ヶ月のある日、津波の被害が甚大だった地域の遊び場にその親子はやってきました。「うちの子はあの日(3.11)からずっと怖がっていて、トイレもお風呂もご飯の時も、私にぴったりくっついて離れられないんです・・・」。あきらめた様子で語るお母さん。そして、4才くらいの女の子は、お母さんの手にぎゅーっとしがみつき離れません。しかし、しばらくするとその女の子は、10メートル先の遊び場へ一気に駆け寄り、手作りのおもちゃや道具たちを手に、夢中になって遊びはじめました。お母さんは静かに感涙されていました。私はその時、大きな確信と勇気をもらいました。『やっぱり、間違いない!子どもたちにとって、「あそぶ」ことは、生きることなんだ!』と心の中で大きく叫び、続けて「何があっても絶対に10年間はこの活動を続けるぞ!」と誓いました。

星野 諭 (1978年生まれ:プレイワーカー・一級建築士・地域コーディネーター)

私は、新潟の山奥に生まれ、野山を駆け回って遊び、川魚を捕まえ、薪風呂で育ちました。大自然の中、多くの親族や地域の人に見守られ、豊かで平和な原体験を授かりました。そしてその原体験こそが今の自分の礎になっています。

自身の実体験とともに、子どもの活動を続けてきたこの20年間を通じて、「子ども時代」に多様なご縁の中で豊かに生きることが、どれだけ人間にとって重要な事かを実感しています。
感謝と多幸感に溢れた日々に、自己肯定感や共生力などが育まれ、それらは、どんな苦難があっても自ら幸せを創り出せる底力になると信じています。
2011.3.11
東北の子どもたちは、得も言われない光景を目にし、家族、地域、自然、文化…などの、それまであたり前にあった豊かなご縁を一瞬で失いました。
そして今もなお、たくさんの辛抱を伴う「仮」の暮らしの中で、子ども時代を生きています。
彼らが体験した事実は変えられないけれど、失われたご縁を再び紡ぎながら、彼らの原体験を豊かにしていきたい!彼らと共に歩んでいくぞ!という突き動かされる熱い思いが、このプロジェクトの発動力であり、10年間続ける覚悟を与えてくれました。

子どもの原体験を豊かに

「子どもの原体験を豊かに!失われたご縁を再び紡ぐ!」
これを成し遂げるための方法はいくつかあると思いますが、私たちは「遊び」を核にしています。
子どもにとって「遊び=生きること」。
遊びを通じて見える現地の姿をほんの一部ですがお話させてください。

失われた遊びを取り巻く4つの間

・失われた空間

限られた敷地内に1世帯分でも多くの住居を確保するため、仮設住宅エリアには、敷地いっぱいに住宅と駐車場が整備されています。
そのため、一般的な仮設住宅には、自由に人々が集い遊べる屋外空間がほとんどありません。

・失われた時間

転居により片道1時間の通学をする仮設住宅に住む小学生。
授業終わりに発車するスクールバスに乗るには、放課後に友達と団らん…なんて時間はありません。
家に着いても、室内でひとりぼっち…そんなケースが珍しくありません。

・失われた仲間

「仮設住宅に移り、友達と離れ離れになった」
「住んでいる地域に子どもが少ない」
そしてもちろん「友達が亡くなった」…
子どもたちは、日常を共にできる多くの仲間を失いました。
その上に度重なる転居や転校など、ゆっくりと仲間になる余裕もなかったりします。

ちなみに、子どもの少ない仮設住宅には、子ども関連の支援が届きにくく、ある時訪れた仮設住宅では「子ども関係の人がこの1年ではじめて来てくれました」と言われました。限られた資源の中、活動の効率化を求めより人数の多い場所を選んでいくことも大切な指標です。

しかし、私たちは一人ひとりの子どもと向き合い、「1/1の命」を生きる姿を支えていきたいと思っています。

・失われた隙間


地域ぐるみで子どもたちを見守る雰囲気、「子どもたちよ、ここらで遊んでていいよ、」という寛容なムード。
そういった(地域社会のルールを決める側である)大人の余裕、気持ちの隙間が窮屈になっています。
代表的な例が「子どもの騒音」問題です。

大人たちも多くの悲しみやストレスを抱えています。

仮設住宅の壁は薄いことが多く、私も何度も仮設住宅に泊まらせていただいていましたが、屋外の音はよく聞こえ、おとなりさんのテレビの声まで聞こえました。
そして、一帯には知らない者同士ばかり。
そんなストレスフルな環境下で、子どものはしゃぐ声がしたら、心地良いと感じない大人がいてもおかしくありません。

大人同士の関係性が希薄な段階では、たった一人「こどもの声がうるさい」と主張する大人がいたことで、エリア一帯での子どもの外遊びが禁止になった仮設住宅もありました。

当初、駐車場で遊び場を展開していると通りがかりに「うるさい!」と怒号されることもよくありました。
地域の大人と子どもが「顔の見える関係」を育みながら、遊び時間や遊びゾーンなどのルールを共に決めるなどして、共生が実現しつつあります。

「遊び」の有用性


子どもにとって遊びは「生きる力」です!子どもは、遊びによって、たくさんの発見・出会い・感動・失敗などの実体験を重ね、自らの限界に挑戦し、身体的、精神的、社会的な面で本来ある力が育まれていきます。それは、本能的なものであり、自発的なものであり、相互交流であり、内なるものの表出であり、子どもが生きていくために必要なさまざまなことを身につける手段であり、単なる暇つぶしではありません。無目的かつ無評価である本来の遊びは、自分の選択によって行動を起こし、プロセスを味わい、「やりたい」を実現する貴重な人生の体験です。そして、自分らしさを見つけ、自分が主役である物語をつくり、「人生は楽しい!」という価値観につながります。私たちは、この豊かな遊びの原体験こそが、豊かな人間になる一番大切な基礎だと考えています。

震災を体験した子どもたちは、地震や津波という大きな恐怖を体験をしました。長期に渡る避難生活、大切な人や物を失った喪失感、住環境の激変…心も体もダメージを受けています。

そして、内にこもっているもの、うまく言い表せないものを、表出させてくれるのも「遊び」です。
「壊す」「たたく」「津波ごっこ」も、「つくる」「走る」「夢中になる」も、全部大切な行為です。
「遊び」は、言葉では説明のできない悲しみや恐怖などを消化し、心がほぐれていくのを助けてくれます。
そして、子どものあそび環境を育む上で、地域や行政、様々な大人たちの理解や協力が必要になります。
子どもを核に、様々な大人たちが膝をつき合わせ語らい、共に汗を流していくことで、子どもを核にしたコミュニティ(子縁コミュニティと呼んでいます)が形成されていきます。

東北の人の「生きる力」

これまで、多くの方々にご支援いただき、今日まで続けることができました。
心から御礼申し上げます。
この5年間で、子どもたちは新たな原体験を手に入れ、新たなご縁も豊かに再び育まれています。
それは正に、焦土が森に再生していくような有機的な連なりとしなやかさで、とても強く美しい光景です。

東北の人の「生きる力」に尊敬と感動の念であふれ、奮い立つ勇気をいただいています。

また、子どもたちも大きく成長しました。
一人ひとりの子どもたちを見つめていると、10年間とはいわず、東北が被災地と呼ばれなくなる日まで支えていきたい、という次の覚悟が鼓舞されます。
そして、決意を新たに…

3.11新しい復興支援事業コドモ∞ムゲンプロジェクト、まだまだ、やります!
これからも私たちは、地元の方々と心を重ねながら、立場や地域を超えたゆるやかな連携の中、マンパワー・ノウハウ・知恵・資源・・・持てる全てを共有し、共に歩んでまいります。
亡くなった子どもたちのために、
今を生きている子どもたちのために、
これから生まれてくる子どもたちのために、
子どもと見つめ合いながら、私たちにできること、すべきことを、丁寧に成してまいります。
 ***この活動をこれからも継続できるよう、
      あなたのできることでご支援ください*** 

告知協力(チラシの配置、掲示、配布)による支援

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