コドモの力はむげんだぜ!

ニュース&トピックス

3.11から5年 ~私たちの思い(星野 諭編)~

こんにちは。コドモ・ワカモノまちing 代表の星野 諭です。

震災後6ヶ月のある日、津波の被害が甚大だった地域の遊び場にその親子はやってきました。「うちの子はあの日(3.11)からずっと怖がっていて、トイレもお風呂もご飯の時も、私にぴったりくっついて離れられないんです・・・」。あきらめた様子で語るお母さん。そして、4才くらいの女の子は、お母さんの手にぎゅーっとしがみつき離れません。しかし、しばらくするとその女の子は、10メートル先の遊び場へ一気に駆け寄り、手作りのおもちゃや道具たちを手に、夢中になって遊びはじめました。お母さんは静かに感涙されていました。私はその時、大きな確信と勇気をもらいました。『やっぱり、間違いない!子どもたちにとって、「あそぶ」ことは、生きることなんだ!』と心の中で大きく叫び、続けて「何があっても絶対に10年間はこの活動を続けるぞ!」と誓いました。

星野 諭 (1978年生まれ:プレイワーカー・一級建築士・地域コーディネーター)

私は、新潟の山奥に生まれ、野山を駆け回って遊び、川魚を捕まえ、薪風呂で育ちました。大自然の中、多くの親族や地域の人に見守られ、豊かで平和な原体験を授かりました。そしてその原体験こそが今の自分の礎になっています。

自身の実体験とともに、子どもの活動を続けてきたこの20年間を通じて、「子ども時代」に多様なご縁の中で豊かに生きることが、どれだけ人間にとって重要な事かを実感しています。
感謝と多幸感に溢れた日々に、自己肯定感や共生力などが育まれ、それらは、どんな苦難があっても自ら幸せを創り出せる底力になると信じています。
2011.3.11
東北の子どもたちは、得も言われない光景を目にし、家族、地域、自然、文化…などの、それまであたり前にあった豊かなご縁を一瞬で失いました。
そして今もなお、たくさんの辛抱を伴う「仮」の暮らしの中で、子ども時代を生きています。
彼らが体験した事実は変えられないけれど、失われたご縁を再び紡ぎながら、彼らの原体験を豊かにしていきたい!彼らと共に歩んでいくぞ!という突き動かされる熱い思いが、このプロジェクトの発動力であり、10年間続ける覚悟を与えてくれました。

子どもの原体験を豊かに

「子どもの原体験を豊かに!失われたご縁を再び紡ぐ!」
これを成し遂げるための方法はいくつかあると思いますが、私たちは「遊び」を核にしています。
子どもにとって「遊び=生きること」。
遊びを通じて見える現地の姿をほんの一部ですがお話させてください。

失われた遊びを取り巻く4つの間

・失われた空間

限られた敷地内に1世帯分でも多くの住居を確保するため、仮設住宅エリアには、敷地いっぱいに住宅と駐車場が整備されています。
そのため、一般的な仮設住宅には、自由に人々が集い遊べる屋外空間がほとんどありません。

・失われた時間

転居により片道1時間の通学をする仮設住宅に住む小学生。
授業終わりに発車するスクールバスに乗るには、放課後に友達と団らん…なんて時間はありません。
家に着いても、室内でひとりぼっち…そんなケースが珍しくありません。

・失われた仲間

「仮設住宅に移り、友達と離れ離れになった」
「住んでいる地域に子どもが少ない」
そしてもちろん「友達が亡くなった」…
子どもたちは、日常を共にできる多くの仲間を失いました。
その上に度重なる転居や転校など、ゆっくりと仲間になる余裕もなかったりします。

ちなみに、子どもの少ない仮設住宅には、子ども関連の支援が届きにくく、ある時訪れた仮設住宅では「子ども関係の人がこの1年ではじめて来てくれました」と言われました。限られた資源の中、活動の効率化を求めより人数の多い場所を選んでいくことも大切な指標です。

しかし、私たちは一人ひとりの子どもと向き合い、「1/1の命」を生きる姿を支えていきたいと思っています。

・失われた隙間


地域ぐるみで子どもたちを見守る雰囲気、「子どもたちよ、ここらで遊んでていいよ、」という寛容なムード。
そういった(地域社会のルールを決める側である)大人の余裕、気持ちの隙間が窮屈になっています。
代表的な例が「子どもの騒音」問題です。

大人たちも多くの悲しみやストレスを抱えています。

仮設住宅の壁は薄いことが多く、私も何度も仮設住宅に泊まらせていただいていましたが、屋外の音はよく聞こえ、おとなりさんのテレビの声まで聞こえました。
そして、一帯には知らない者同士ばかり。
そんなストレスフルな環境下で、子どものはしゃぐ声がしたら、心地良いと感じない大人がいてもおかしくありません。

大人同士の関係性が希薄な段階では、たった一人「こどもの声がうるさい」と主張する大人がいたことで、エリア一帯での子どもの外遊びが禁止になった仮設住宅もありました。

当初、駐車場で遊び場を展開していると通りがかりに「うるさい!」と怒号されることもよくありました。
地域の大人と子どもが「顔の見える関係」を育みながら、遊び時間や遊びゾーンなどのルールを共に決めるなどして、共生が実現しつつあります。

「遊び」の有用性


子どもにとって遊びは「生きる力」です!子どもは、遊びによって、たくさんの発見・出会い・感動・失敗などの実体験を重ね、自らの限界に挑戦し、身体的、精神的、社会的な面で本来ある力が育まれていきます。それは、本能的なものであり、自発的なものであり、相互交流であり、内なるものの表出であり、子どもが生きていくために必要なさまざまなことを身につける手段であり、単なる暇つぶしではありません。無目的かつ無評価である本来の遊びは、自分の選択によって行動を起こし、プロセスを味わい、「やりたい」を実現する貴重な人生の体験です。そして、自分らしさを見つけ、自分が主役である物語をつくり、「人生は楽しい!」という価値観につながります。私たちは、この豊かな遊びの原体験こそが、豊かな人間になる一番大切な基礎だと考えています。

震災を体験した子どもたちは、地震や津波という大きな恐怖を体験をしました。長期に渡る避難生活、大切な人や物を失った喪失感、住環境の激変…心も体もダメージを受けています。

そして、内にこもっているもの、うまく言い表せないものを、表出させてくれるのも「遊び」です。
「壊す」「たたく」「津波ごっこ」も、「つくる」「走る」「夢中になる」も、全部大切な行為です。
「遊び」は、言葉では説明のできない悲しみや恐怖などを消化し、心がほぐれていくのを助けてくれます。
そして、子どものあそび環境を育む上で、地域や行政、様々な大人たちの理解や協力が必要になります。
子どもを核に、様々な大人たちが膝をつき合わせ語らい、共に汗を流していくことで、子どもを核にしたコミュニティ(子縁コミュニティと呼んでいます)が形成されていきます。

東北の人の「生きる力」

これまで、多くの方々にご支援いただき、今日まで続けることができました。
心から御礼申し上げます。
この5年間で、子どもたちは新たな原体験を手に入れ、新たなご縁も豊かに再び育まれています。
それは正に、焦土が森に再生していくような有機的な連なりとしなやかさで、とても強く美しい光景です。

東北の人の「生きる力」に尊敬と感動の念であふれ、奮い立つ勇気をいただいています。

また、子どもたちも大きく成長しました。
一人ひとりの子どもたちを見つめていると、10年間とはいわず、東北が被災地と呼ばれなくなる日まで支えていきたい、という次の覚悟が鼓舞されます。
そして、決意を新たに…

3.11新しい復興支援事業コドモ∞ムゲンプロジェクト、まだまだ、やります!
これからも私たちは、地元の方々と心を重ねながら、立場や地域を超えたゆるやかな連携の中、マンパワー・ノウハウ・知恵・資源・・・持てる全てを共有し、共に歩んでまいります。
亡くなった子どもたちのために、
今を生きている子どもたちのために、
これから生まれてくる子どもたちのために、
子どもと見つめ合いながら、私たちにできること、すべきことを、丁寧に成してまいります。
 ***この活動をこれからも継続できるよう、
      あなたのできることでご支援ください*** 

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 ***こちらもぜひお読みください!***

 3.11から5年~私たちの思い (森 玲子編)~
3.11から5年~私たちの思い(大野 佑介編)~

 

 

 

 

 

 

 

 

3.11から5年~私たちの思い(森 玲子編)~

こんにちは。
コドモ∞ムゲンプロジェクトスタッフの森玲子です。

私は1978年、静岡に生まれました。
読書が大好きだった子ども時代、物語に登場する、感性豊かで自由で鋭い子どもたちの姿に圧倒され(自分も子どもなのに)「子どもってすごい!」と感じたことが“子ども”という存在に興味と敬意を持った原点です。
なんとなく社会福祉学部に入学し、なんとなく児童養護施設でのボランティアをはじめた頃から「どんな人でも子どもでも、その人らしく希望をもって生きていける社会であるといいのに」という想いを抱くようになりました。
その後、相談業務などを経て、現在は市民活動センターにて相談員として従事しています。
当プロジェクトでは、仮設住宅における多様な人が一緒に過ごせる場づくりと、現地団体への支援を担当しています。
2011.3.11
2011年3月11日。あの日、私は外出先の川崎にいました。
翌日からは、都内の市民活動センターで、まったくの手さぐりの中、刻々と変わる情報の収集、交錯する情報の整理、市民向けの発信、ひっきりなしにかかってくる電話や訪問に対応する日々がはじまりました。そして、徐々に明らかになる被害の甚大さと深刻さを、受け止めきれずにいました。
震災後、初めて東北を訪れたのは2011年の夏のことです。石巻でした。数か月経っても、沿岸部や川沿いだけでなく、街には、生々しい津波のあとが残っていました。大きくひしゃげた橋、消えたままの信号、わずかな2階部分だけを残してかろうじて建っている家、どんよりと街全体を覆う臭い。駐車場の屋根に物置が乗っかり、割れた窓にカーテンらしきものが風に揺れている。あの時、なにを見て、なにを感じたのか、正直まだ十分には、言葉で伝えることができません。でも、日々メディアを通して街の風景は目にしていたはずなのに、ニュースで見るのと実際にその場所に立つこととは、違いました。
人との「出会い」の大きさ

もうひとつ、実際に行ってみてはじめて感じたのは、人との「出会い」の大きさです。
最初の訪問以降、コドモ∞ムゲンプロジェクトの一員として毎月石巻に通うことになるのですが、「私にできることなんてない」と無力感に苛まれ、「それなのに来てもいいのだろうか…」と迷った時期も長くありました。
東京から来ている私たちにとっても、とうてい笑顔なんて出る状況ではなかったのですが、一緒に遊んでいた子どもたちが声を出して笑ってくれたり、お母さんが子どもの手を引いて帰るときに振り返って「ありがとう」と声をかけてくださったり。
その瞬間に、なんというか、救われた想いがしたことを覚えています。
そういう石巻での出会いに支えられてこの約5年を歩んできたと実感しています。
※仮設住宅への訪問活動について 
本プロジェクトでは、3か所の仮設住宅を継続的に訪問(月1回)することになった。

その目的は「関わりの中から個人の抱えるニーズを発見すること」と「地域の専門機関や他団体と協力体制をとりながら対応すること」である。
さらにはその関係をもとに「コミュニティづくり」をすすめ、住まいが移ったあとも「つながり続ける関係をつくること」も大きな目標であった。
ここまでの取り組みにおいて、感覚的に「重要」と感じた点がいくつかあった。なかでも刻々と変わる「場」(談話室でのお茶会、お茶会に参加しない方がたや一人ひとりの暮らし全体を含めた仮設住宅)のアセスメントは、個別の関係づくりのプロセスにおいても重要であった。
まさしく住民お一人おひとりを取り巻く「環境」としての「お茶会」という視点でとらえることの必要性を感じる場面が何度もあった。私たちの訪問は「相談面接」ではなく、暮らしの一部としての「お茶会」という形である。
だからこそ、談話室でのおしゃべりや、仮設住宅の通路での立ち話から「場の状況」をとらえ、そこで暮らす人たちへの日々や生活への影響をキャッチしようとする視点が不可欠であった。
そうして「場」をとらえ、注意深く関係性を深めていくことで、「地元の人には言えない」ことを相談として受けたり、見えにくいニーズに接近できたケースもある。
また、この視点については「NPO法人にじいろクレヨン」からスタッフ向け研修内容のに含めて欲しいとの要望があった。
ここでは3つの仮設住宅それぞれの「場」の変化について簡単に紹介をしたい。

子どもと大人の居場所づくり


●仮設住宅A (2011年~2012年)
2011年の夏は、長い間、避難所生活を余儀なくされていた方がたの仮設住宅への転居がすすんでいた時期でもあります。石巻市には134か所の仮設住宅が建設され(2015年末時点は133か所)もともとのコミュニティやつながりと関係なく7,000世帯以上が入居しているような状況でした。そして当時、たくさんのいわゆる「支援団体」が仮設住宅を訪れていました。

その頃、子どもの遊びや居場所づくりに取り組む現地のNPOとともに、仮設住宅Aにおいて「お茶会」をはじめました。Aは小規模(23世帯)ながら赤ちゃんから高齢の方まで多様な世代が生活していました。仮設住宅においては、通常の生活音にさえも気を遣いながらの生活を強いられます。そのような生活は子どもたちにも大きな負担となっていましたが、大きな声でおしゃべりしたり、思いきり笑ったり、泣いたり、きょうだいけんかをしたり…は、なかなかできない状況でした。

加えて、公園や広場に仮設住宅が建ったこともあり、まちの中に子どもたちの居場所がほとんどありませんでした。最初のうちは近所の空き地で遊んでいたのですが、しばらくすると「津波の被害を受けなかった」ということで「空き地」に続々と「新築の家」が建ち並びました。みるみるうちに街並みも変わり、新たな住民が増えていきました。「仮設」と「自分の家」の住民、もともとの「地域の子」と「転居してきた子」、様々な想いが交錯していました。人間関係も複雑で“敏感なもの”になっていく様を肌で感じました。


「お茶会」は、現地のNPOがつくる遊び場と同時に同じ空間でひらいていましたので、住んでいる場所に関わらず、子どもと大人が自由に出入りできる場になりました。多くが直接的な言葉ではなかったですが、一緒に遊んでいる中で子どもたちの感情や想いに触れることがたくさんありました。大人の方とお茶を飲んでいても、何気ない言葉の選択や、会話の間(ま)から「見えにくいけど、今、石巻で起きていること」が伝わってくるような気がしました。

Aでの活動は半年ほど続き、徐々に住民の方主催のお茶会が日常的にひらかれるようになり、受け渡す形でいったん終了しました。

※住民の方主催でお茶会やイベントがしばらく続いていましたが、その後、いろいろなことがあり、自然消滅してしまいました。そのあと「さみしい…」という声を耳にしたことがありましたが、具体的には何もできないまま、住民の転居も増え、今日に至っています。

集まる場があることの大切さ


●2012年夏~2014年2月(仮設住宅B)
仮設住宅Aから徒歩5分ほどのところに、仮設住宅B(21世帯)がありました。Aにおじゃましていく中で、「Bには支援団体が来ていないらしい」「Aのお茶会などに誘っても、他の仮設には行きにくい…と言っている」ということを何度か耳にしました。そこで、Bのことを教えてくださったAの住民の方と、Aの住民でもある地元NPOスタッフと一緒にBにおじゃまして、班長さんにお話しを伺うことにしました。このあとBには、東京からボランティアとして石巻に来ていた方と一緒に、1年半ほど通うことになります。Bは、高齢の方の世帯が多く、1/3ほどが働いている世帯、私たちがおじゃましたころには子どもは2人のみの仮設でした。

はじめての訪問では2時間近く、班長さんのお話を聴かせていただきました。「うちみたいな小さな仮設には、誰も来ない。なにもない…」「(同じ仮設に)知り合いが数人いるけど、みんなで集まることはしていない」「談話室をどう使っていいのかわからない」「班長だけど、たまたま1-1(部屋番号)に住んでいるから…で決まった」「団体を呼びたくても、どうやったらいいのかわからない」。

私たちはもっと班長さんのお話を聴かせていただきたいと思い、そこから3ヵ月、班長さんと、その友人の住民の方のお二人に会いに行きました。今思えばこの出会いの時期に、「活動」や「プログラム」を持ち込まなかったこと、「お茶会」などを提案しなかったことについて、良かったのだと思っています。でも正直なところ当時は「なにかできることはないだろうか…」、とか「NPOなんだし、なにかしなければ…」という気持ちや焦りがありました。

お話をうかがう中で、実はBにもたくさんの団体が訪れていることが判明しました。定期的に来ている団体もありました。でも「どこの団体が、なんの目的で」来ているのか、たくさんの団体が来ているからこそなのでしょうか、いまいちよくわからない…という状況でした。

会うたびに、お話の内容も広がっていきました。震災以前のこと、町内会のこと、仕事のこと、家族のこと、これからのこと…。困りごとをお話しくださる人もありました。でもまだ、その頃の班長さんたちにとっては私たちも目の前を通り過ぎていく多くの「訪問」の一つにすぎず、何度か会っていてもそれぞれの時間がつながっていない「細切れ状態」だったのだと思います。毎回、以前話した内容と同じ話を、繰り返ししてくださっていたのを覚えています。

出会いから3ヵ月め。その日ひとしきりおしゃべりしたところで初めて「わたしたち」一人ひとりのことに関心を向けてくださったと感じる瞬間がありました。「たしか、生まれは静岡だよね?」「来月はいつ来るの?」「東京のニュースを見ると気になるようになったよ」。名前を呼んでくれたのも、この時が初めてでした。

その後、支援物資として届いた業務用のコーン缶(10Kg入り!)が「夫婦じゃ食べきれないし、缶の数も少ないからみんな遠慮して持っていかない…」という話題から、一緒に料理をして食べよう!ということになりました。それを機に、他の住民の方にも声をかけてくださり、その後は毎回たくさんの方が集まってくれるようになりました。特にプログラムもなく、私たちは「毎月、東京から遊びにくるお客さん」でした。そのうちに、みなさんが美味しい料理を持ち寄ってくださり、わいわい食べるという感じになっていき、「なんかしてあげるのが好きなのよ、こっち(東北)の人は」という言葉の通り、たくさんのあたたかいもてなしを受けました。夏には、私たちが帰ったあとに「振り返り会」をして、次回の「おもてなし」をみんなで相談してくれる…ということになっていました。

こうやって、お一人おひとりと、ゆっくり知り合っていくことで、それぞれ人柄や人生、人間関係が見えてきます。それによって、仮設住宅での生活の「空気」を感じることも多々ありました。たとえば、隣の家庭の声が筒抜けの仮設住宅では、夫婦げんかも気軽にはできません。「前の家だったらけんかしたら“ぷいっ”と家を出たり、他の部屋に行ったりできたけど今はできない。こんな生活だからこそ、ほんとは、けんかしないとダメなんだー」、「わたしらはこうやって談話室でおしゃべりしているからいいけど。それがない人たちはみんな我慢してるんかね…」ということとか。休日、他の住民が家族で出かけていく姿を見て「家族の仲がいいから、談話室に来ないのかな…」、「うーん」、「……」、「みんな表面はそう(仲がいいように見える)。でも声かけたら、集まるっちゃ。そういうこと…」。そんな会話もありました。そんな話を聞きながら、集まる場があること、なんでもないおしゃべりができることの大切さを感じていました。

Bの方から聞いた話では、その頃、長引く仮設住宅の暮らしの中にあって、あちこちの仮設住宅で住民同士のトラブルが起きているようでした。最初は小さなすれ違いも、徐々に大きな溝になっていったり、良好だった関係に変化が生じてしまいます。これらは、大きな事件として起きてくるというより、たとえば誰かが部屋の外を歩いたときに空気がさっと張り詰める…、その緊張感が息苦しく生活全体にジワリと浸透する…という感じで、外からはわかりにくく見えにくいものなのだけど、とてつもなく重苦しいものがのしかかっているのを感じました。
Bではその後、班長さんを中心に、住民の方が毎日談話室に集まるようになりました。朝、談話室の鍵を開けて、編み物をしたり、おしゃべりをしたり、テレビを観たりと、夕方まで思い思いに過ごします。震災から2年経つと、Bを訪ねてくる団体はほとんどありませんでした。若い世帯を中心に転居もちらほら出てきて、談話室に集まるみなさんが「私たち、居残り」と寂しそうに話す姿が目に焼き付いています。

※今でも班長さんとの手紙のやりとりは続いています。また、先日、復興公営住宅に引っ越されてからは、これから一緒に何かできないか、と考え中です。

共存できる場づくりの始まり

●2012年秋~継続中(2016年2月)
2012年の秋から、仮設住宅C(200世帯)におじゃまするようになりました。当時、遊びの活動をしていると、いろいろなところで「子どもの声がうるさい」「(遊びが定着すると)子どもたちが談話室に入り浸るようになって困る」といった声を耳にしました。子どもたちが安心して遊んだり、自分を出したりできるためには、周囲の大人の理解が不可欠、大人の方がたに信頼・協力してもらわなくては子どもの活動は難しいと感じていました。

Cでは当時、NPO法人にじいろクレヨン(石巻市)が、子どもたちに思いきり遊べる時間と機会を届ける活動を始めたところでした。初回、遊びの準備をしていたところに大人の住民の方が声をかけたそうです。「(子どもではない)私たちは、何をするんですか?」、「子どもたちだけですか?」。そこからCでの、子どもと大人がひとつの空間で尊重し合い、緩やかに交わり、共存できる場づくりが始まりました。

私たちは、ひとつの部屋の中に、大人の方が主役の場所と、子どもの遊びの空間を分けました。そして、子どもの遊び場の中で大人の空間を大切に守ることを続けました。

1年ほど経つと、大人と子どもの空間が真ん中で緩やかに重なり、ひとつの部屋の中に、「子ども中心の自由な遊び場→子どもと大人が交流する接点→大人中心だけど一緒に過ごしたい子どももOK」のようなグラデーションができてきました。


いま、大人のテーブルでは、住民の方に編み物を教えてもらったり、おしゃべりをしたり、編み物好きな子どもたちと一緒に楽しんだり…と、毎回にぎやかに、のんびり楽しんでいます。ここは、子どもが子ども扱いされず、大人が大人の役割を期待されない場で、お互い人として尊重しあい、対等にいる雰囲気は、とても心地よいです。そんな場を作っているのは、そこにいる子ども・大人、全ての人たちの存在だと思います。

そして「東京のお友だち」と言ってくださる皆さんと、会えないときも電話やメールでお話ししたり、相談に乗ってもらったり、イオンでご飯を食べていたら会いに来てくれたり…。皆さんと出会えたことにとても感謝をしています。

そして今、思うこと。


●これからのこと
震災から5年。石巻では、仮設住宅などから次の住まいへ、大移動の時期を迎えています。この間、支援団体、制度、市民からの寄付、企業の取り組み、助成金、ボランティア活動など、多くのものが「一区切り」となってきていると感じます。また、東京で生活をしていると、もしかしたら多くの方にとって、石巻や東北、被災された地域のこと、そこで暮らしている人たちのことを思い出す機会が減っているのかもしれないと感じることもあります。

一方で、約5年の年月を経て、やっと話せること、話してくれることも、たくさんあります。

いま東北から遠く離れた地で、「なにができるのだろうか」、「今更、行ってできることなんてあるんだろうか…」。そんな想いでいる方もいるかもしれません。でも、遠くに住んでいるからこそできること、つくれる関係があると、この5年で実感しています。

今、石巻は未来につながる大きな転換期をむかえています。

私たちの訪問は徐々に仮設住宅から復興公営住宅、地域の中へと移ります。場所が変わっても、これまで出会ったお一人おひとりとの関係がずっと続いていくように、一緒に過ごせる今の時間を大切に積み重ねていきたいと思っています。

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・ 3.11から5年~私たちの思い(星野 諭編)~
 3.11から5年~私たちの思い(大野 佑介編)~

3.11から5年~私たちの思い(大野 佑介編)~

こんにちは、NPO法人コドモ・ワカモノまちingの大野佑介です。

3歳から鬼のような祖父と仏のような祖母と暮らしはじめ、案の定大のおばあちゃんっ子となりました。母子家庭で東京以外に田舎もない完全なるシティボーイでしたが、祖父母が運ぶ様々なご縁のおかげで、幅広い世代の人たちに囲まれ育ってきました。

24歳で祖母を亡くした時、社会のなかで生者と死者が共に生きている感覚、もう2度と会えない人と共に生きていく感覚を知りました。それが僕の今に続く原体験です。

「東北の全ての子どもたちの原体験を豊かにしたい」

団体代表の星野に初めて会った際に言われた言葉です。失われた縁は余りにも多く、眼前に立つ壁は余りに厚いかもしれません。

しかしそれでもなお、子どもたちが、あの日から歩んできた時間を豊かなものだったと感じられるように、これからも東北と共に歩んでいきたいです。

2011.3.11

3月11日、情報収取のためにテレビをつけると「早く逃げて下さい!!」という叫喚にも似たアナウンサーの声が聞こえてきました。

テレビが映す東北の様子を当時学生だった僕は思考が停止したように、その後数週間ただ黙々と見続けていました。
そして2011年の4月も終わる頃、初めて宮城県石巻市をボランティアとして訪ねました。
へし曲がった鉄骨、散在するガラス片、造形物のように残った家々の基礎部分、暮らしの風景を失ったまちの姿が至るところにあり、そして形容しがたい臭いをまとっていました。  

 誰もが必死に生きていた
しかし、余りに多くを失ったそのまちで、人々は懸命に生きていました。
子を失った人が妻を失い打ちひしがれる人を慰めていました。
過度のストレスにさらされ歪む子どもたちの心を若者たちが必死に癒そうとしていました。
笑顔で僕らボランティアを迎える女性はまだ旦那さんが見つかっていませんでした。
誰もが必死に生きていました。

東北に生き続ける人々の美しさ


7月。市内中心部からは遠く離れた牡鹿半島に位置するある避難所を訪ねました。
避難所といっても津波が到達した会議室程の広さの平屋で、そこを片づけ数家族が生活していました。
天井には津波が押しやった様々なガレキが挟まったり突き刺さったりし、むき出しのクギがこちらを幾つも向いたままでした。
そんな状況で暮らす人たちから何度も何度も「ありがとう、ありがとう」と言われ、仲間の一人は叫び泣き続けていました。自分の余りの無力さに、東北に生き続ける人々の美しさに。
1歩でも前進させたい。

 

あの時、あの場所にいたボランティアの多くが1分1秒を惜しく感じていました。
あと1歩、もう1歩でも前進させたい。
目の前で笑顔を向けてくれるこの人たちが堪えている余りに重い現実を、 ほんの少しでも支えたい。そう思っていました。

遊びのチカラ


「今日も明日もまた葬式だよ」
まちで出会った高校生がぽつりと小さく、小さく言葉を零しました。
2011年、子どもたちは毎週のようにクラスメイトや親族のお葬式に参加していました。
子どもたちのケア・支援は特に後回しにされていました。
物理的な復興もまったく追いついていませんでしたが、多くの子どもたちが家族のために我慢し、堪えていました。
小さな両の肩で、まだほんの小さな心で必死に堪えていました。
しわくちゃになった心がギスギスと感じる様々な想いを、うまく言葉にもできずただ堪えていました。

子どもたちへの支援、癒しが必要でした。

子どもたちが自らを癒し育む本来の力を取り戻す必要がありました。
遊びのチカラを通して。

僕は2011年の9月から月の半分を石巻で過ごし、残りの半分を東京で大学院の研究と震災の発信を行い過ごす形を止め、コドモ・ワカモノまちingのインターン生として震災復興支援のプロジェクトに関わり始めました。

子どものまち・いしのまき

 

2012年10月。
 石巻でそれまで個別に子ども支援を行っていたNPO等や地域住民ら20団体が協働し、子どもたちが様々な職業を体験しながらまちを運営する「子どものまち・いしのまき」を、津波被害のあった実際の商店街や周辺の通りで開催しました。

公募で集まった子ども店長は5ヶ月前から子ども会議を重ね、 自らの仕事を考え研修を受けます。  

そのプロセスを大人たちが支えます。
 困難の最中だからこそ、
 次代を担う子どもたちが夢を描き、
 希望を抱き、
 明るい未来を語ることが大切です。

子どもたちの一歩を支えるために、大人たちが団結しました。

子どもたちの夢が歩み始めた瞬間 

子どものまちは毎年開催され昨年で4回を数えました。

毎年1200名以上の親子が遊びに来てくれています。  その中で特に覚えているエピソードがあります。

2013年、獣医になることを夢見た少女は事前研修で訪れた保健所で、   殺処分を1週間後に控えた1匹の犬に出会います。

彼女は「この子を助けたい!」と引き取り、イベントの2日間で里親になってくれる人を探し 続け、ついに見つけだすことが出来ました。

犬の命を救ったのと同時に殺処分の現実を知った彼女は、 「石巻市を殺処分ゼロのまちにする!」と、大人たちの前で力強く語ってくれました。

 イベントを一つのきっかけとして、子どもたちの夢が歩み始めた瞬間でした。

 繋がり続ける人の輪

初開催の時にやってきた小・中学生が、今は高校生や大学生になり子どもたちを支える立場で毎年奔走してくれています。

各地の若者が、石巻の人々と共に子どもたちをサポートするため、 毎年駆けつけてくれています。

社会人となってからも身につけたスキルで、事務局をボランティアで支えてくれる東京の若者たちがいます。
石巻という地域に愛着を持ち、繋がり続ける人の輪が広がっています。

そして今、思うこと。 
 

学習環境の悪化と固定化、死別や離婚またそれに伴う経済状況の悪化などの家庭環境の変化、拭いきれないトラウマ、そして今まさに仮設住宅から復興住宅などへの転居・転校が始まり、今なお子どもたちを取り巻く環境は不安定であり、変化を続けています。

5年経ってなおこの困難に満ちた原体験が、それでも彼らの豊かな未来を切り拓いていく種になって欲しいと願っています。

そのために活動を続けていきます。

2011年のあの時、とにかく現場へ飛び込んだ僕が目にしたのは、崩れ果てたまちの光景と、人と人との美しい在りようでした。

行き交う人々が互いに感謝しあい、何かを提供する側される側、支援する側される側という関係性を超えて、

いま互いが生きて関わりあえていることに「ありがとう」と、繋がっていく様子でした。
そしてその出会いや繋がりが、新たな生きる理由・意志を紡いでいくのだと知りました。

昨年、神奈川での講演会の終わりにお子さんを連れご参加されたお母さんが、

「うちの2人の子どもは震災後に生まれました。この子たちにあの日のことを、この国の体験を自分の言葉で伝えていきたいと思います。」
と話してくれました。

失われた命を決して忘れず、

もう2度と会えない人々と共に生きていることを忘れず、
今を生きる子どもたちも、未来を生きる子どもたちも、
3.11と共に生きていける社会を築いていきたいです。

 

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3.11から5年~私たちの思い (森 玲子編)~

5年目の3.11 今一度、ご寄付のお願い!


いつも弊団体の活動をご支援いただきありがとうございます。

東北は今、子どもたちも、人々の暮らしも、まだまだまだまだ「復興途中」です。
震災直後、多くの団体が東北を支援していましたが、助成も少なくなり、資金難を期に多くの団体が思い半ばで撤退を余儀なくされました。
一方現地では、時間の経過とともに課題は多様化され、さらに細やかにニーズに合わせて動ける支援団体が必要とされています。

そこで、5年目の東北と共に歩み、10年間は支援すると決めた「コドモ・ワカモノまちing」に今一度みなさんの寄付をお願い致します!

これからも魂を込めて、復興支援活動を続けます!

多くを失いながらも、あきらめずに、負けずに、信じて、行動し続ける東北の方々と共に!

<コドモ∞ムゲン・プロジェクト寄付金受付口座>

銀    行:三菱東京UFJ銀行 神田支店 (支店番号 331)
口座種別:普通
口座番号:0033473
口座名義:特定非営利活動法人コドモ・ワカモノまちing 事業A
(トクテイヒエイリカツドウホウジン コドモワカモノマツチング ジギヨウエー)
※お振り込み後、お手数をおかけしますが、お電話もしくはメールにて お名前、ご住所、お電話番号 をご連絡いただけますようお願い申し上げます。
E-mail:info@k-w-m.jp    Tel/Fax:03-6806-0012

【1口5,000円】です。たとえば・・・

・1回の飲み会代を!
・友人の結婚式が1件増えたと思って。
・会社や学校のみんなで、1口500円の寄付袋を10人にまわす。
などなど・・・

【寄付者には】

☆1口5000円以上のご寄付をいただいた方
・本サイトの「寄付者&支援者一覧」にお名前を掲載させていただきます。
(掲載を希望されない方は、お手数ですがご連絡ください。)

☆2口10,000円以上のご寄付をいただいた方

・上記+年次の活動報告等をメールあるいは郵送にてお送りします。

☆10口5万円以上のご寄付をいただいた方

・上記+本プロジェクトにて、現地で遊び場づくりのために活躍しているプレイ&キッチンカーにお名前を掲載させていただきます。
( 掲載を希望されない方は、お手数ですがご連絡ください。)

いただいたご寄付と思いは、下記の事業で大切に使わせていただきます!

===================================

【今回の寄付の対象プロジェクト】

①福島プレイワーカー研修&とうきょうプレイデー(10/1)
②子どものまち・いしのまき&ストリートパーティ(10/3.4)
③被災地遊び場づくり&スタッフ相談・研修(月6~8回)
------以下、詳細------
①福島プレイワーカー研修&とうきょうプレイデー(10/1)

今、子どもたちの遊びが精神的・物理的に強く制約を受けている福島県。
そこで私たちは福島県で子どもに関わる団体・個人を対象にプレイワーカー研修事業を継続してきました。(過去の様子→第1回 第2回  第3回 )
 震災後の子どもを取り巻く課題を前に、立ち上がった団体や子どもに関わり始めたスタッフも少なくない中で、研修や団体・地域を越えた繋がりを求める声が多くがあります。 
今回はこの福島の団体・個人が、とうきょうプレイデーに参画し、イベント会場や前日のセミナーで研修すると共に東京の子ども団体や企業等と繋がる機会を創ります。

※「とうきょうプレイデー」について

 東京に暮らす全ての子どもが豊かに遊べる環境づくりを目的に10/1都民の日に合わせ都内30ヵ所以上で一斉に遊び場を開催する「とうきょうプレイデー」( HPはこちら )を数十団体の仲間と共に3年連続で行います。
今回私たちは上野公園を占有しイベントを開催すると共に、福島県から都内に県外避難している方々を招待します。
<過去のプレイワーカー研修会参加者の声>
・「大変勉強になった。机上とは違う、現場のリアルな学び(スキル・ノウハウ)を得られた」
・「福島の団体同士で横の繋がりをつくれたのが良かった。どんどん繋がっていきたい」
・「今回得られた東京の団体・個人との繋がりを、今後の福島に活かしていきたい」

②子どものまち&ストリートパーティ(10/3.4)

2012年から地域住民や支援団体が協働し開催している「子どものまち・いしのまき」は、津波の被害を受けた実際のまち中のお店や空き店舗を使い、子どもたちのやりたい仕事を子どもたちの手で実現させ、2日間まちを運営するイベントです。(過去の様子:2012年  2013年 2014年 )

 子どもたちは数か月前から子ども会議を重ね、イベントを作りあげていきます。
毎年1500~2000人の方々が参加してくれており、今年の10月で4回目の実施になります。
 同じ会場で実施する封鎖した道路で老若男女が自由に集い遊べるストリートパーティも毎年大盛況です。
道が遊び場に変わることで、そこで暮らす世代を超えた様々な人々を遊びが繋げていきます。

また、子どものまち・いしのまきでは、地元の多くの中学生・高校生・大学生がボランティアとして参画して子どもたちを支えるために奔走し、当日は東京を中心として様々な地域から人が集まり、イベントを支えてくれています。

命の誕生を伝えたい!」と想いをぶつけ看護師の大人を本気にさせた子、

1週間後に殺処分を控えた保健所の犬の里親を必死に探した子、
もうお金はいらないからずっとやるんだと言って大工仕事に夢中になった子、
「子どもの声が聞こえるのはいいね」と笑ってくれたおばあちゃん、
子どもが作成したファッション雑誌を見て「プロの人みたいだね~」と嬉しそうに言ってくれたおじいちゃん。
まちを舞台としたこのイベントが、子どもたち・若い世代の自己実現や、世代や地域を越えて人々が繋がるキッカケになっています。

③被災地遊び場づくり&スタッフ相談・研修(月6~8回)

私たちは 2011年から現地のボランティア団体と地域の住民が運営している遊び場を支援してきました。

その場にあるもの全てを資源と捉え、塩害で切られた樹木、いたる所にある廃材、錆曲がった釘など様々なもので遊び場を作ってきました。
 遊び場でみんなでご飯をつくれるように、土のオーブンも手づくりしました。大人も子どもも裸足になって土をこね、石を運び、少しずつ時間をかけて作っていきました。だからこそ様々な人たちが関わりあい、繋がっていき、この場所に愛着を持ってくれます。
 また、プレイカーなどで仮設住宅に遊びの出前を行ったり、老若男女が集えるお茶会をしたり、子どもの居場所づくりとそれを見守る大人のコミュニティづくりをしてきました。
 地域のおじいちゃん達が、汗をかきながら一生懸命に作ったのは、間伐材を使った遊具でした。日が暮れるまで子どもたちが嬉々として遊んでいる姿を、嬉しそうにいつまでも見守っていました。
 遊びの支援は、単に遊ぶ場と時間の提供だけでなく、子どもをきっかけとして地域の人々を繋げていきます。

 そして、今、現地では、遊びやイベントなどのボランティアやスタッフ研修、組織支援やコミュニティビジネス支援など相談や研修も増えてきました。
 これからも日々、現地のニーズに合わせて、遊び場づくりに加え、スタッフの相談や研修を行い、東北の人的資源のサポートをしていきます!

 

 

 

【ボランティア募集】子どものまち・いしのまき2015@宮城県石巻市

いつも私たちの思いや活動にご共感いただき、ありがとうございます。
10/3(土)、4(日)の2日間宮城県石巻市で開催される「子どものまち・いしのまき2015」
の運営ボランティアを募集します。
2012年から始まった子どものまち・いしのまきもいよいよ第4回となります!
石巻の子どもたちが沢山参加してくれるイベントです。皆さまぜひご協力ください!

<子どものまち・いしのまき2015>

【日時】
①10/2(金)13:00~17:00・・・事前準備
②10/3(土)8:00~17:00・・・イベント1日目(イベントは10:00~15:00)
③10/4(日)8:00~17:00・・・イベント2日目(同上)
※活動時間帯は、活動内容により多少の変動があります

【場所】宮城県石巻市(はし通り界隈)※石巻駅から徒歩10分

【内容】イベント準備・会場設営・子どものサポート・受付・片づけなど
【応募条件】
・18才以上(高校生は不可) ※高校生の一般参加者としての来場は可能です
・現地集合、解散できること(会場まで自己手配で来られること)
・ボランティア保険(社会福祉協議会 天災プラン)に加入していること 
※全国各市区町村の社会福祉協議会にて加入できます

【ボランティア説明会日程(イベント当日に必ずご参加下さい)】

・10/2(金)17:00~、10/3(土)8:00~、10/4(日)8:00~
・会場:社会福祉協議会ビル(石巻市立町1-5-21)

【申し込み方法】

下記URLから申込みフォームに飛びます。
そちらから必要事項をご記入のうえお申込みをお願い致します。
http://goo.gl/forms/s0JZyVy5Rv

【重要事項】イベント本部よりメールが届きますので、アドレス

kodomonomachiishinomaki2015@gmail.com より メールが受信出来るように設定をして下さい。

【申込み締切り】10/1(木)

【問い合わせ先】mail: kodomonomachiishinomaki2015@gmail.com 

【その他】

・10/2(金)~4(日)のボランティアの方の宿泊場所は用意があります
(無料:男女別の雑魚寝。ご希望の方は申し込みフォームにてご入力ください)
・交通費や飲食代の支給はありません
・イベント当日は地元のお弁当が500円で手配可能です(申し込みフォームにてご入
力ください)
・現地までの往復の交通機関の手配は各自で行ってください
・10/2(金)にご参加の方は、13:00に社会福祉協議会ビル(石巻市立町1-5-21)に集合して下さい
・10/3(土)4(日)にご参加の方は、8:00に社会福祉協議会ビル(石巻市立町1-5-21)に集合して下さい

☆「こどものまち」とは…
子どもたちが公共機関や行政、お店など各種サービスを提供する会社をつくり、
働き、お金を稼ぎ、遊んだり買い物したりする、子どもたちでつくる子どもたちのまち。
主役となる子どもの思いや夢、創造性や主体性、感性など本来の子どもの力を引き出し、
まちの仕組みや様々な職業を体験しながら、ワクワク・ドキドキの遊び場&学び場にする、
まち体験交流活動です。

第4回福島プレイワーカー研修会~実践・とうきょうプレイデー参画・協働~

福島県内で活動する団体・個人を対象に、プレイワーカー研修会を開催します。
物理的にも精神的にも遊び場が限定される福島だからこそ、
屋内外に関わらず子どもたち一人一人の感性を大切にした有機的な遊び場が大切だと感じています。

今回は「実践・とうきょうプレイデー・協働」がテーマです。

都民の日(10/1)、第1,2回と講師で来て頂いたTOKYO PLAYの嶋村氏たちが呼びかけ数十団体で取り組む、
東京の数十か所で一斉に遊びを祝う祭典「とうきょうプレイデー」が開催されます。(HP参照→ http://playday.jp/
今回はこちらのイベントにスタッフとしてご参加いただき、過去の研修や前日の学びを活かし、
実際にイベント会場で子どもたちに対し実践する機会をつくります。
また前日には講座と合わせ公開型のシンポジウムも開催しますので、
そちらにもご参加頂き、東京を中心とする子ども関連の諸団体・個人とのネットワーク形成を図ります。

【日時】9/30(水)~10/1(木・都民の日)

【集合時間・場所】9/30(水)13:30@台東区民会館(台東区花川戸2-6-5 https://goo.gl/K1Z47i ) 第5会議室
【解散時間・場所】10/1(木)16:00@上野恩賜公園
【対象】福島で遊びの現場に関わる大人
            (NPOスタッフ、児童厚生員、放課後児童クラブ指導員、保育士、プレイリーダー)
【定員】25名(先着順) ※1団体3名まで
【参加費(宿泊込)】無料 ※ビジネスホテルの個室をこちらで手配します ※飲食費は自己負担
【補助】浅草駅までの交通費往復分の半額(上限1万円) ※タクシー代は支給対象外

【研修内容】

<9/30(水)14:00~17:00 座学ワークショップ>
●移動式遊び場のすすめ
道あそび・まちあそびの事例・ノウハウ等を紹介

●今だけ×ここだけ×私たちだけの遊びの開発

翌日のイベント会場で実施する遊びの創造、リスクマネジメント検証等をワークショップ形式で実施

※17:00~18:00:フリータイム(軽食・観光・交流等)

<9/30(水)18:30~20:30 公開セミナー>

●講演:「世界の遊び場事例とその運営方法」(予定)
講師:木下勇氏…千葉大学大学院園芸研究科教授 詳細はこちら http://goo.gl/Cjm55Z

●活動発表:とうきょうプレイデー、福島団体(予定)

※同会場にて飲食しながらの交流会(20:30~21:30)を予定(実費負担)

<10/1(木・都民の日)8:30~16:00 とうきょうプレイデー>

●移動式子ども基地@上野恩賜公園(11:00~15:00)
共催:NPO法人コドモ・ワカモノまちing
   とうきょうプレイデー実行委員会
上野公園噴水前広場を占有し、移動式子ども基地が遊び場を開催します。
遊具に限らず約100種類の様々な素材を使い、その場に来た子ども・大人・スタッフの感性で遊びが生まれる環境を創ります。
研修会参加者にはスタッフとして参画してもらい、リスクマネジメントや子どもとの関わりを実践して頂きます。
また竹ピラミッドジャングルジムを共に作り、ロープワークのスキルとともにノウハウを学んで頂きます。
※移動式子ども基地→http://www.k-w-m.jp/kidsbase

【申し込み】件名を「プレイワーカー研修参加希望」とし、

下記項目を記載の上、sanka@k-w-m.jp までメールにてお申し込みください。
①氏名(ふりがな)
②性別
③所属
④年齢
⑤住所 ※所属団体や職場の住所ではなく参加者本人の自宅住所(事前の保険加入に必須)
⑥連絡先(メールアドレス、電話番号 ※参加者本人の自宅/携帯電話番号 )(事前の保険加入に必須)
⑦交通費(出発地~浅草駅、浅草駅~帰宅地の往復ルートと合計金額)※タクシー代は支給対象外

【申し込み締め切り】9/20(日)

【主催】NPO法人コドモ・ワカモノまちing

【共催】認定NPO法人ビーンズふくしま
【後援】福島県、公益社団法人こども環境学会
*LUSHより活動支援金をいただいております。

第3回福島プレイワーカー研修会~移動式&手づくり遊び場・パパママ居場所・アート~

福島県内で活動する団体・個人を対象に、プレイワーカー研修会を開催します。
物理的にも精神的にも遊び場が限定される福島だからこそ、
屋内外に関わらず子どもたち一人一人の感性を大切にした有機的な遊び場が大切だと感じています。

今回は「移動式&手づくり遊び場・パパママの居場所・アート」をテーマに、

仙台・石巻における遊び場の出前、手作りの遊び場や児童館、
パパママの居場所、室内外を問わないアート活動などの現場を訪問すると共に、
個々の悩みやノウハウをシェアしネットワーク作りを行います。

【日程】6/17(水)~6/18 (木)

【集合時間・場所】6/17(水)10:30 仙台駅東口JRバスターミナル
【解散時間・場所】6/18(木)17:00仙台駅東口JRバスターミナル
【視察先】仙台・石巻の遊び場、児童館、アート施設など
【対象】福島で遊びの現場に関わる大人
(NPO、児童厚生員、放課後児童クラブ指導員、保育士、プレイリーダー)
【定員】22名(先着順)※1団体3名まで
【参加費(宿泊込)】無料
※ビジネスホテルの個室をこちらで手配します
※飲食費は自己負担
【補助】仙台までの交通費往復分の半額(上限1万円)
※タクシー代は支給対象外 ※現地では全てチャーターバスによる移動

【研修内容と視察先】

<6/17(水)10:30~18:30@仙台>
◎移動式遊び場の見学&パパママ居場所づくりの現場訪問 
~仮設住宅への遊びの出前とパパママ居場所づくり~
視察先:NPO法人冒険あそび場 せんだい・みやぎネットワーク 
http://www.bouken-asobiba-net.com/
「あそぶ」「つなぐ」「そだつ」をテーマに、子どものの声がはずむ豊かな地域づくりに取り組む。
震災後は、遊びがもつ「心のケア」の役割や、コミュニティ形成の機能に注目し、
遊び場づくりを通じて被災地域の復興に取り組んでいる。

◎アートを活用した室内外を問わない環境づくりの現場訪問 

~子どもの感性・創造性を引き出す環境や仕掛け~
視察先:プランニング開 http://p-kai.com/
教育・子ども文化・まちづくりなどをテーマに「地域の感動をプロデュース」に取り組む。
仙台を拠点に全国各地で「遊び+美術」=「あそびじゅつ」をコンセプトにした
「感じる力」を育てるワークショップなどを展開。

※夜は飲食しながらの交流会を予定(実費負担、参加は任意)

仙台のホテル(手配不要)にて宿泊

<6/17(木)8:00~17:00@石巻 ※解散は仙台駅>

◎4月に開設した手づくり児童館の現場訪問 
~被災地における室内遊び場と親子の居場所づくり~
視察先:NPO法人にじいろクレヨン http://nijiiro-kureyon.jp/
東日本大震災から11日後の石巻の避難所で前身団体を立ち上げ、
今日まで仮設住宅でのレクリエーション事業を継続。
その他、プレーパーク事業、コミュニティ作り事業、お絵描き教室事業などを展開。
この4月から訪問型に加え、拠点を設けた居場所づくりをスタート。

◎子どもと一緒に遊び場づくり 

~子どもと地域の人が繋がる手づくりの遊び場~
視察先:こども∞感ぱにー http://codopany.org/
被災後の石巻で発足。震災後、世帯数が激減した地域で、
子ども達が安全に、安心して遊べる遊び場を子どもや地域の大人と手づくりしている。
子どもだけ留まらず、保護者や地域住民の情報交換の場として、
また、地域のおじいちゃんやおばあちゃんも一緒に子育てをしていく多世代交流の場として、
“みんなの居場所”づくりに取り組む。

◎シェアリング

【申し込み】件名を「プレイワーカー研修参加希望」とし、

下記項目を記載の上、sanka@k-w-m.jp までメールにてお申し込みください。
①氏名(ふりがな)
②性別
③所属
④年齢
⑤住所 ※所属団体や職場の住所ではなく参加者本人の自宅住所(事前の保険加入に必須)
⑥連絡先(メールアドレス、電話番号 ※参加者本人の自宅/携帯電話番号 )(事前の保険加入に必須)
⑦交通費(出発地~仙台駅、仙台駅~帰宅地の往復ルートと合計金額)※タクシー代は支給対象外

【申し込み締め切り】6/8(月)

【主催】NPO法人コドモ・ワカモノまちing

【共催】認定NPO法人ビーンズふくしま
【後援】福島県、公益社団法人こども環境学会
*LUSHより活動支援金をいただいております。

★震災復興支援活動へのご寄付のお願い★

当団体では、東北の被災地にて子どもの居場所づくりと心のケアを継続的に行っております。
下記口座にて、1円よりこちらの活動への寄付を受け付けています。
ご支援のほど、宜しくお願いいたします。
詳細はこちらをご覧ください。

【振込先】

銀行名:三菱東京UFJ銀行 神田支店
口座番号:普通 0033473
口座名:特定非営利活動法人コドモ・ワカモノまちing事業A
(トクテイヒエイリカツドウホウジンコドモワカモノマツチングジギヨウエー)

※お振込みの際は info@k-w-m.jp まで、メールにてご連絡いただけますと幸いです。

3/11(水)<テレビ放映>コドモ∞ムゲンプロジェクト

3月11日(水)20:10~テレビ東京の「すけっち」という番組で、こちらの震災復興支援活動の様子が放送されます。
震災から4年が経ちます。石巻の今や子どもの力を感じていただけると幸いです。
もしお時間がありましたら、ぜひご覧ください。

<放送予定>

【日時】3/11(水)20:10~
【番組】すけっち(テレビ東京)
よろしくお願いします。

 

現地団体支援@石巻

日時:2015年3月1日~3日
場所:NPO法人 にじいろクレヨン(宮城県石巻市)
担当:森 玲子
◎現地団体支援

石巻のNPO法人にじいろクレヨン事務所へ。
コドモ∞ムゲンプロジェクトでは、東北のNPO支援も活動の一つです。
2015年度第一弾は、避難所からはじまったにじいろクレヨンさんへ。

にじいろクレヨンは、避難所に避難している中から生まれた活動団体。

朝から晩まで一日何か所もハシゴして、とにかく子どもたちと遊んで、笑って、一緒に過ごしてきました。

市民活動の経験などないメンバーが、突き動かされるように始めたこと。

組織基盤や運営の仕組みなんて、なにもないところで、「活動」が生まれました。
徐々に仲間が増えたところで、全国から続々届く「石巻でボランティアしてみたい」メールに対して、どんなボランティアも、断らずに、とにかく、受け入れてきたという、とてつもない団体。

わたしは、仮設住宅の活動を一緒にさせていただく形で、2011年の夏ころからにじいろクレヨンとご一緒しています。

そばにいて、感じたこと。

震災直後、石巻には災害支援の専門家や支援団体がたくさんいました。
そして、にじいろの状況をみてノウハウや「組織づくり」のためのアドバイスや支援をしようと、たくさんの言葉を語ってくれました。
にじいろさんも、「そういう風にできたらいい」と、思っていらしたと思います。
でも、正直、一つずつ、取り組んでいる余裕なんてなかったんだと思います。

それよりも、ひとりでも多くの子どもたちのもとへ、一つでも多くの仮設住宅へ…。

スタッフの皆さんが走り続けてきた様子を思い出します。

4年間、いろんなことがありました。

石巻の子どもを取り巻く環境も変化し、そして変化を続けています。
にじいろクレヨンは、いま、基盤強化に取り組んでいます。
外部から「必要だよ」と言われるのではなく、自ら「これが課題」と感じたことに取り組む。
4月から少しずつ、にじいろクレヨンの皆さんと、ソーシャルワークについて学ぶ場をもつことになります。

 


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